研究紹介



(化学教室研究活動報告2015より)

  当研究室は,元素組成,特に微量元素組成をもとにした宇宙・地球化学的プロセスの解明を目指している.主として地球外物質である隕石を研究対象とし,太陽 系の形成やその後の惑星系の進化の様子を探っている.元素組成分析手段として,放射化分析法,誘導結合プラズマ質量分析法と誘導結合プラズマ発光分光分析 法を主に利用しているが,これらの手法を用いた新規な分析操作法の開発も行っている.以下に主な研究内容について具体的に記す.


<宇宙・地球化学的試料中の微量元素の存在度に関する研究>

  隕石は今から45〜46億年前に,他の太陽系物質と同時に作られたものであり,その後の変成作用をほとんど,あるいは全く経験していないために,太陽系初 期の形成や変遷の環境を知る上で,研究対象となりうる唯一の物質である.本年度は,タイプ7普通コンドライト隕石について,化学的特徴を詳細に調べた.普 通コンドライト隕石は熱変成作用の程度によってタイプ3から6まで分類される.さらにタイプ6以上に熱変成作用を受けて再結晶したと思われるような隕石の 発見により,タイプ7が追加された.そこで,これらタイプ7普通コンドライト隕石の主成分元素から極微量元素までの化学組成を放射化分析法,誘導結合プラ ズマ質量分析法と誘導結合プラズマ発光分光分析法で正確に求め,熱遍歴の影響を考察した.ひとつのタイプ7普通コンドライトは親鉄性元素が著しく低く, FeNi-FeS共晶による部分溶融によるものと結論付けた.部分溶融モデル計算より,液相と固相が完全に分離せず,一部の液相と固相が混ざり合ったまま 再び固化したことが示唆された.これは,非常に短い時間で加熱・冷却が起こったと考えられ,衝突によるものだと結論付けた.


誘導結合プラズマ質量分析法による宇宙化学的試料中の希土類元素,トリウム,ウランの定量

  誘導結合プラズマ質量分析法は感度の高い元素分析法として近年,急速に普及してきた機器分析法である.当研究室ではこれまで隕石試料や地球化学的岩石試料 中の希土類元素の定量法として積極的に利用し,相応の成果を上げてきた.本年度は炭素質コンドライトに注目し,その中でもCIとCMコンドライト隕石グ ループの全希土類元素含有量を明らかにした.CIコンドライト隕石は,太陽系の元素組成に近い組成を持つ隕石として知られており,これまで確認されたCI コンドライト隕石は5個のみであった.しかし,南極大陸で4個のCIコンドライト隕石が回収され,そのうちのY 980115について希土類元素,トリウムとウランの濃度を求めた.Y 980115のこれらの元素存在度パターンは,これまでのCIコンドライト隕石と同じであり,南極大陸での風化の影響は無視できることがわかった.一部の CMコンドライト隕石は,母天体上で熱水変質作用を受けた形跡を示すことが報告されている.そこで,程度の異なる熱水変質作用を受けたCMコンドライト隕 石の分析を行い,希土類元素,トリウムとウランは熱水変質作用の影響は受けていなことを確認した.


誘導結合プラズマ質量分析法による宇宙・地球化学的試料中の揮発性元素(Zn, Cd, In, Tl, PbとBi)の定量

  これまでに誘導結合プラズマ質量分析法を用いた揮発性の高い6元素の定量操作法の開発を行ってきた.この方法を用いて,日本とアメリカの研究機関が発行し ている地球化学的標準岩石試料の分析を行い,これまでに報告されていない揮発性元素含有量の報告を行った.また,同分析法を隕石試料にも適用した.これま でに一つの隕石での揮発性元素濃度の均一性は,調べられたことはない.そこで,CVコンドライト隕石MIL 091010の5箇所の異なる位置で試料を採取し,揮発性元素分布の均一性について検討した.Zn, TlとPbは±20%内で均一であり,CdとBiは試料間でのばらつきが大きく,それぞれ40%と27%であった.


<誘導結合プラズマ質量分析法によるテクタイト試料中の白金族元素の定量

   テクタイトは,地球上での隕石衝突によって作られたガラスである.隕石衝突で生成した試料の白金族元素濃度から,隕石の痕跡が発見されているが,テクタ イトから隕石の痕跡を発見した例はほとんど報告されていない.そこで,ベトナムから回収されたテクタイトの系統的分析を行い,白金族元素を初めて定量する ことに成功した.テクタイトのIr含有量から,0.013%以下の隕石の混入があることがわかった.さらに,テクタイトの起源物質は,地殻物質とマントル 物質の混合であることもわかった.


<光核反応収率の測定

  光量子放射化分析法(PAA)は、中性子放射化分析法(NAA)と同様に,高感度非破壊多元素同時分析法であるが、 NAAほど利用されていない.電子加速器の利用が限られていることがあるが、NAAの様に利用しやすい核反応断収率データが整備されていないために,誘導 放射能の予測がしにくいということも,原因のひとつと考えられる.そこで,PAAユーザーが利用するための,光核反応収率の測定をおこなっているが,得ら れた収率を用いて,シングルコンパレータ法により岩石標準試料の元素分析も試みた.収率を見直す必要がある元素も見つかったが,多くの元素について良い定 量値が得られ,収率値が正しいこと,また,比較標準試料を用いずに簡便に定量ができることを示した.


<福島原発事故により環境中に放出された放射性核種に関する研究

  福島原発事故により大量の放射性核種が環境中に放出された.多くの自治体,研究者により様々の環境試料中のこれら放射性核種濃度が報告されているが,事故 当時の特に福島県内の大気中放射性核種濃度は測定されなかった.我々は,自治体が運用している自動大気浮遊粒子(SPM)測定装置に着目し,東日本におけ る約100地点での事故当時のSPMが捕集されたろ紙を分析することにより,原発から放出された放射性セシウムの時空間分布を明らかにしてきた.住民の健 康影響からは,半減期の短い放射性ヨウ素の濃度がどうであったかを知りたいが,今となっては手遅れである.そこで,半減期の非常に長い放射性ヨウ素を定量 し,事故当時の短半減期放射性ヨウ素濃度の復元を試みている.復元のための基礎的検討を行い,復元できると判断した.



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